南仏ソレイユのちいさな暮らし

ゆるり手作りと南仏生活奮闘記(*≧m≦*)

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おじいさん

私が日本に帰国中、丁度京都へ行っていた時のこと。
祖父は風邪を引いて体調が悪かったことと足の骨折が発覚し、介護施設から病院に移りました。
骨折の方は体調が良かった日に手術をして成功したのですが、その後また体調を崩し、4月2日朝5時20分に亡くなりました。満100歳でした。

私が子供の頃から、「わしは100まで生きるぞ」という言葉を何度も聞いてきました。
そしてそれが、彼の目標だったかのようでした。

私の家族の話では、最後までフランスに住む私のことを気にかけてくれていたようです。
実際に2年程前、初めててトラと私が一緒に祖父に会いに行った時もうろたえる事もなく全く普通で、話していたフランス人のトラのことも分かっている様子でもちろん私のこともよく分かっていました。
いつも食べることが大好きで、私達の持って行ったフランスのお菓子も喜んで食べてくれていました。

子供の頃から一番よく近くにいた弟が会いに行った時に、「あの人はどちらさんや?」って言われた時はショックだったと言っていました。
「あんた太ったからちゃう?」って言ってたんですが・・・。笑

なんとなく、いつも待っててくれたのかな。と思いました。
今回日本に帰国して、行きたかった京都にも行け、病院で一旦落ち着いてその頃にまた大阪にも行け、日本で楽しむ時間を持てました。私はいつも祖父に会いに行く日をいつにしようかと思っていました。

私は病院で会うことが出来ましたが、本当ならお土産のお菓子を持って介護施設に行くはずだったのですが、お菓子を食べれる状態ではありませんでした。私が来たこと分かってくれたのかなぁ・・。看護婦さんは「分かってるよ。」と言ってくれたけど。

祖父が亡くなって早朝、祖父をを引き取りに父と弟が一緒に病院へ行きました。
帰ってきた祖父は本当に穏やかな顔をしていました。
母が私に「手作りのきんちゃくをあげたら?」と言ってくれたので、私の手作りきんちゃく袋にお菓子を詰めました。母はいつも祖父が出かける時によくかぶっていた帽子を持ってきて妹と一緒に枕元に置きました。
これから旅に出るかのように。

| Au Japon : 日本滞在記 | 18:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

おじいちゃん大往生でしたね。
帰国中あわただしかったでしょうけど
最期に出会えてよかったと思いますわ。
看護婦さんの言われたようにchaviさんたちが来てくれたこと
おじいちゃんは絶対にわかってたと思います。
おじいちゃんの御冥福をお祈りいたします。

| ちょうみん | 2008/05/17 09:33 | URL | ≫ EDIT

▼ちょうみんさんへ
ありがとうございます。
きっと分かってくれたんだろうと思います。
日本帰国中後半は遠出することない予定にしておいて本当に良かったです。
帰る前の日が通夜だったのでバタバタしましたが、通夜に出れてとても良かったです。

| chavi | 2008/05/17 17:47 | URL | ≫ EDIT















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